明日3月11日は、福島県民にとって忘れられない日です。
東日本大震災から10年目となる明日を前にして、「3.11をわすれない」全校集会を放送にて行いました。
現在の小学生は、震災のあとに生まれた子どもも多く、ほぼ全員、震災当時のことを知りません。
東日本大震災のことを風化させずに後世に伝えるために、今の子どもたちに、当時のことを伝えていきたいという趣旨で、数年前からこの集会が企画されてきました。
はじめに、校長先生及び道徳の担当から話がありました。その話を聞いたあとに、各学級で各担任から「福島県」に関わる話を読み聞かせました。
道徳の担当が、放送で全校に伝えた内容を、以下にお伝えします。
10年前の明日、つまり2011年3月11日は、「東日本大震災」が起きた日です。10年前というと生まれていた子もいれば、生まれていなかった子もいますね。東日本大震災とはどんな日なのでしょう。知っていることはありますか?
「東日本大震災」とは、とても大きな地震の被害を受けた日です。そして、たくさんの命がなくなり、多くの人が悲しい思いをした日です。
なぜ、このような集会をするかというと、福島県に生まれたみなさんには「絶対に知ってほしい日」、そして、「忘れないでほしい出来事」だからです。少し難しい話をするかもしれませんが、この集会で、どんなことを思ったり、考えたりしたのか教えてください。
東日本大震災では「津波」という被害がありました。海の波が街に被害をもたらしたのです。最大40mもの津波は、街を一気に飲み込みました。翁島小学校の学校の高さは10mぐらいです。学校の高さの4倍もの高さまで、波がきたのです。震災で命を落とした人のうち90%のひとが津波での被害だったそうです。
そのほかにも、福島県の大熊町にある「福島第一原子力発電所」が爆発しました。その事故により大量に、体の中に取り込むと害になる「放射性物質」が空気中に飛びました。
「風評被害」に悲しい思いをした福島の人もいました。「福島の食べ物は汚れている」という噂で農家の人たちが悲しみました。でも、みなさんが普段食べているものからも、当たり前に放射線は出されています。食べても全く問題はありません。だめなのは、ものすごく大量の放射性物質なのです。
もう一つ忘れてはいけない理由があります。原発事故や風評被害があった後、福島県の人は、一つ一つの食べ物の放射性物質を計り安全性を証明しました。学校などの土を取り替えました。道路や家など至る所の放射性物質を取り除く作業も行いました。様々な所に線量計を建てました。福島の食べ物の安全性とおいしさをアピールすることもしました。
また、「津波」が来たらどうしたらいいのでしょう。・・「津波」が来ないような高いところに逃げればいいのです。そのために、いつでも避難できるように準備をしておけばいいのです。「自分の命は自分で守る」のです。これは津波に限りませんね。
忘れてはいけないもう一つの理由は、東日本大震災を通して学んだことや知ったことを、受け継いでいかなければならないからだと思います。
このあと、それぞれの担任の先生に、東日本大震災や福島県にまつわるお話を読み聞かせてもらいましょう。
明日の3月11日、午後2時46分には黙祷ができれば良いですね。
・・・・・このような話をしました。
ぜひ、ご家庭でもおうちの方が経験されたことを、子どもたちに話してあげてほしいと思います。