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翁島(おきなしま)小学校ホームページ

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翁島の文化財2(野口博士の講演が行われた翁島尋常高等小学校跡)

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 5月4日(金)曇り。午後3時40分の気温は10度。ちょっと肌寒い日になりました。
 今日は、校庭の南側に建っている看板の内容を記載します。
 英世が大正4年に帰郷した時際に、翁島尋常高等小学校(翁島小学校の前身)で講演を行ったことが記載されています。その時英世が残した言葉「目的・正直・忍耐」は、現在も本校の教育目標の根本となっています。

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 野口英世博士の想いで
 帰郷したとき英世が講演した翁島尋常小学校跡
 
 清作が通っていた三ツ和小学校は、旧会津藩の(☆)郷倉を改築したもので、ここから少し離れたところにありました。その校舎が狭くなりましたので、この地に明治25年8月(※風化が激しくよく読めません)に新築、その後翁島尋常高等小学校に改称しました。大正4年(1915)9月8日に帰郷したとき村の人達はこの校舎に参集し、英世の歓迎会を開きました。英世はその人たちに謝辞をのべ、9月10日に講演を行いました。そのときに「目的・正直・忍耐」(※風化が激しく読み取れませんが)の言葉を残し、「忍耐」「公徳」の書を揮毫しました。
(野口英世博士のふるさとづくり推進委員会)
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(☆)郷倉・・・「郷蔵」とも書く。江戸時代,農村に設置された公共の貯穀倉庫。本来は年貢米の一時的保管倉庫であったが,中期以降は,凶作飢饉にそなえる備荒貯穀用として利用,のちには貸出しも行われた。郷倉の建物は村有,官有などがあって一定しないが,敷地は免税地で,普通村役人が管理した。